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介護や尊厳死宣言に携わる人に聴いていただきたい話
昨年放映され大反響を呼んだドキュメンタリー番組「NHKスペシャル『老衰死』」に出演された医師 石飛幸三先生による「平穏死のすすめ」という話
長野県塩尻市にある市民交流センター「えんぱーく」にて開催された、社会福祉法人平成会主催の講演会に参加してきました。
講師は、昨年放映され大反響を呼んだドキュメンタリー番組「NHKスペシャル『老衰死』」に出演された医師 石飛幸三先生。
「いずれ必ず訪れる人生の終わりをどのように迎えられるのか」がテーマ。
講演のキーワードは「平穏死」です。
石飛先生は、30年以上も急性期の医療に携わってこられた方で、現在は特別養護老人ホームの常勤医師をお勤めになっています。
介護の現場に携わる方だからこそ、このテーマには並々ならぬ想いをお持ちです。
「平穏死」という言葉も、そんな石飛先生が作った言葉です。
日本は世界一の長寿国になりました。
延命治療の方法は、どんどん新しいものが開発されています。
それだけ豊かな社会になった証ですが、その一方で、本当は自分の最期の迎え方を選べるはずなのに、いったいどこまで延命処置を受けなければならないのか分からなくなっています。
人生の最終章が来たとき、多くの人が「病院で管だらけになって死ぬのは嫌だ」と言います。
しかし、自分がして欲しくないと言いながら、親には点滴や経管栄養をして延命を図る。
そうした医療を押しつけて、かえって本人を苦しめているのではないか。
我々は、老いて衰えて最期は自分の口で食べなくなって眠るように穏やかに逝く。
食べさせないから死ぬのではない。
死ぬのだから食べられないのだ。
そういう自然の摂理を無視して、医療に過剰な期待をしているのではないか。
病気ばかりを診て、人間を見ていないのではないか。
「大切なお母さん、どんな姿でも良い、いつまでも傍にいて欲しい。」という家族の想いはもちろん理解できます。
でも、家族が「何が親のためになるのか」を考えるべきではないか。
いずれは自分の番が回ってくるのだから。
老衰という自然の摂理を認識し、医療は本来人のための科学であることを認識し、人生の最終章における医療の役割、介護の使命を再認識する時が来ています。
・・・これが石飛先生のお話の要旨です。
自分の人生の最終章をどのように迎えるかを考えることの価値
人それぞれ、色んなお考えがあると思います。
この石飛先生のお考えが正解かどうかは分かりません。
でも、私の心にはとても響くものがありました。
自分の人生の最終章をどのように迎えるかを考えることができるのは人間だけです。
それを考えて元気なうちにその想いを大切な人に伝えること、その想いに耳を傾けることは、とても大切だと思います。
そして、それを遺言書、エンディングノート、家族信託、尊厳死宣言書という形で遺すことには、本人にとっても遺された者にとっても大変な価値があると思います。
遺言書や尊厳死宣言書に携わる者として勉強になりました
石飛先生の「介護士は医療はできません。だが人生を支えるという介護士の役割は医療を超える。人生の伴走者なのだ。」という話には大変共感いたしました。
私も遺言書などで、人生の最期を考えておられる方とお話しをさせていただきます。
「尊厳死宣言について教えて欲しい。」というお尋ねもいただきます。
そうした仕事をさせて頂いている意味を、自問自答する良い機会となりました。
今日の石飛先生の講演は、大変勉強になりました。
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